「!!一大事や!!愛しの白石先輩、連れてかれたで!!」
「なんだってっ!?」
ガシャン!突然駆け込んできた友だちの一言に、
思わず机の上の筆箱をひっくり返してしまう。
そんな報告なら、まだ抜き打ちテストの報告のほうがよっぽどマシだ。
―――――自分の好きな人の連行報告よりは。
「あー・・・・気持ちが病んだ。」
「はいはい、ま、切り替えて移動教室行くで。理科室!」
「理科とかそーゆー気分じゃないんだけどな。むしろ古典で哀愁ある句を読みたい」
「はいはい、教科書持って」
「おー・・お゛う゛!!!」
「!?」
朝からテンションが下がる気持ちを引きずりながら、
教科書と文具を手に動き出そうとした矢先、太腿が自分の机にぶつかるという事故。
は、反応鈍く机ごと前のめりに倒れこんだのだった。
「――――私が何をしたっちゅーんじゃ〜・・・・。失礼しまー・・」
自分の不注意で机ごと転倒した。
額を打ち、転んだ際に、足を捻ってしまった彼女は、友人に教員への言付を頼み、
足を引きづりながら保健室に足を踏み入れ―――――
「す」
「お、やん。どないしたん?」
ガッ!保健室の戸を開けた瞬間に目に入った制服姿の憧れの先輩の姿に、
動揺というよりも硬直したからだろうか。
は爪先を戸にぶつけて前のめりに転がった。
「あう゛!」
「!?」
いつもならば、前のめりに躓いても体勢を持ちなおせるが、
挫いた足ではバランスがとれなかったようだ。
「大丈夫か!?ちょっと落ち着きぃ。いきなりボケかましてくれんでも・・・」
「そんなつもりは一切ないんですが・・・・。ど、どうして白石先輩が・・・?」
「保健の先生が研修で出てしもてな、サボリの特権付きで留守預かっとるんや。」
「へぇ・・・。(あ、そっか・・白石先輩、保健委員・・・。)」
「は足どないしたん?結構腫れてるみたいやけど・・。」
「あ、ちょっとドジって机に躓いて・・・。」
「応急処置でしかないけど、冷やさな腫れがもっと酷くなるで?ほら、こっち来て座りぃ」
の返事を待つよりも早く、白石の手がの手を引き、自然と肩に手が回る体勢になる。
誘導された長椅子まで、ほとんど白石に寄り掛かるようで痛みもなく辿りつけたものの、
の心は緊張と激しく脈打つ乙女的な鼓動に、慌しい。
ただ、それをバレずに済んでいるのは、の心が葛藤している間にも、
無駄のないテキパキとした動きで白石がビニールに氷水を入れて冷やすよう準備をし、
さらに冷感湿布やら固定用に包帯やテ―ピングを準備するなど、
目で追っているうちにも少しずつ落ち着いてきた。
(先輩・・・・・・・・・・・・・・かっこいい・・・・・・・・・・・。
真剣な顔、やっぱりセクシー・・・・って、私はこんな時にも、くっ・・!)
自分の中の乙女回路に心の中で葛藤しつつ、
患部に当てた氷水のビニールに、が感覚なくなってきたな、と思う頃、
白石の手が伸びて、それを外す。
「そろそろ包帯するわ。あまり冷やし過ぎてしもやけなってもアカンしな。
とはいえ、これは応急処置や。ちゃんと病院は行かなアカンで?
症状が悪化して、捻き癖がついたり、自分で思うてるより靭帯痛めてる可能性あるしな。」
「は、はいぃ・・。」
白石の口から病状などを諭されると、ものすごく危機感や説得力を感じるのは、
年上オーラなのか、部長オーラのせいなのか。
兄のような面倒見の良さもまた、にとっては憧れを強める彼の魅力で。
触れられるこの感覚に、恥ずかしさと緊張に強張った体が落ち着いていくほど、
この時間がもっと長く続けばいいのにと願ってしまう。
「ありがとうございます。」
「このくらいお安い御用や。けど、気ぃつけなあかんで。・・・痛むか?」
「しっかり固定してもらえたから、大丈夫です。」
目が合うと、隠そうとしても鼓動がバクバク飛び出しそうなほど早く波打って、
どうか平静であるように心がけることが精いっぱい。
知ってもらえたほうがいいかもしれない、"あなたが大好きです"と。
――――だけど
「しっかし、どんなドジやったん?」
「あ、教室で机にぶつかって・・・自損事故を・・・。」
「なんや寝ぼけとったん?」
「いや、その・・ちょっと、考え事を―――・・・」
「危ないなぁ」
手当てをして、授業を後回しにしているのに、まさか話を振ってくれると思わなかった。
だからこそ、話をしながらにやけてしまいながら、は言葉を返す。
「悩みがあるなら、俺にいつでも言いや。聞くしかできんけど、ちょっと楽になることもあるで?」
優しい言葉に加えて、頭を撫でられる。
それは、まるで子どもに言い聞かせるような、先生が諭すような仕草だが、
それがじんわりと胸に響いて恋心を掴むことを、彼は知っているのだろうか。
『愛しの白石先輩、連れてかれたで!!』
友だちからの朝の情報が胸をよぎる。
今、本当は一番聞きたい、その真実の行方。
一人で保健室にいる様子からして、告白の返事はNOだったのかもしれない。
そんな推測をしても、声にして尋ねられない臆病な自分がいた。
(――――告げてしまえば、"今"が消えてしまうかもしれない・・・・・・・・・・・・。)
毎日、胸をさす痛みが増えていく。
でも、それが本気の証。これが、本気の恋であるという証明。
は胸の前で手を握り締める。
言いたいのに、言えない言葉を飲みこむように深く深呼吸をした。
「白石さん、わたし!!」
「ん?」
ガラッ、2人きりの空気に動かされるように決意して改めて名前を呼んだ直後、
無遠慮にノックもなく、保健室の戸が開いた。
同時に見つめるそこには、面倒そうに立つのクラスメイト、財前の姿が。
「財前?ノックくらいしなさい」
「・・・・・・・・・このタイミングで・・・・。」
白石からの言葉を無視して、タイミングを失い、落ち込むに歩み寄った財前は、
「保健の先生の留守が原因で、人騒がせなクラスメイトの怪我の具合見てくるように言われて、
災難にも隣の先の俺が寄越されたんスけど・・・白石部長、手当してくれたんスね」
「おう。そうだったんか、財前お疲れさん。」
「ごめんね、ありがとう、財前くん。」
「全く、面倒っスわ。白石部長が呼び出しくらったくらいで」
「わあ!!!きゃあっ!!」
「!!?」
突然の爆弾発言に、遅いと思いつつも何とか財前を黙らそうと体が無意識に動いた。
とはいえ、足の痛みでバランスが崩れてまた前のめりに椅子から転げ落ちる形になったを
とっさに目の前にいた白石の腕が捕まえ、支える。
「気ぃつけっていうたとこやろ。目ぇ離せんなぁ。」
「・・・・・・ほな、俺はこれで。」
「財前くん・・・・・・しばかせて、一発だけ・・・・・。」
「やだ。」
ものすごく空気読めないことをした筈の彼だが、恨めしそうにの言葉に
スラリと否定の言葉を返して、何もなかったかのように戸を閉めて出ていった。
「なあ、。俺の呼び出しって・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何のことだが私にもさっぱり。」
「ふうん・・?ま、じっくり聞き出すとしよか?」
「〜〜〜〜〜〜〜っっっ」
さっさとかき回していなくなったクラスメイトを恨みつつ、
目の前の白石のニコリと確信にも似た笑みを浮かべる様子から目を逸らす。
これから来るであろう会話をどうやってごまかしていけばいいのか、と必至に考えながら。
一方、空気読めない宣言をしたようで、きっかけ作りをした財前。
大きくノビをしながら、窓の外を見て、そこにいないクラスメイトに向けて呟いた。
「白石部長が、特別意識もない相手にあそこまで親切にするわけないやろっちゅー話や。」
彼の助言ともとれるその言葉が、まさかその場にいない相手に伝わる筈もなく、
何とかなるだろうという軽い呟きを後にして、財前は欠伸をして教室に戻るのだった。
言いたい 言えない "大好きです"
私の秘密の想い
独り占めしたい、一番隣にいたい
でも、臆病な私は追いかけても、自分に自信がなくて"今"から踏み出せない
もうちょっと、もうちょっとで自分に自信がもてるようにがんばるから
もうちょっとで、手を伸ばすから
" 貴方が、好きです "
いつか、貴方に伝える日が、本当に来るのかな
.胸の中で握り締める告白
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2014.08.21
企画 「かわいくなりたい」 様へ、
参加させて頂き、ありがとうございました。
背景:「空色地図」様