赤葦京治とは、紛れもなくわたしの幼馴染の名前である。切れ長の少し重ための目に、少し癖のある黒髪。身長は高めで、細そうに見えて意外と筋肉がついてがっしりしている。どこからどうみてもイケてる部類で、ちょっと冷たそうに見えるのが余計にいい!なんて梟谷学園女子の間ではまずまずの人気。ついでにもう一つ付け加えておくならば、そんな見た目の上に、中身世話焼きなんてな、今時はやらないわけがないんですよ、本当に。


「赤葦くんて本当かっこいいよねえ」


今日も今日とて、昼休み。自販機で買ったパックジュースにストローをさしぱこぱこさせながら歩いていると、ふと聞こえる聴き慣れた名前。またか、と思いつつ少しだけ歩くスピードをゆっくりにし、続く話にこっそりと耳を傾ける。


「あのちょっと冷たそうに見える感じ!」
「でもほら、バレー部の先輩と凄く仲良さそうにしてるときはちょっと可愛いっていうか!」
「わかるわかる、しかも世話やいちゃってるんでしょ?」
「あー、本当素敵!」


うんうん、素敵素敵。なんて頭の中で適当に相槌を打つながらパックの中身を吸い込めば、ほどほどに冷えたオレンジジュースで口内が満たされて幸せな気分になる。その間にも女の子たちの赤葦くん談義は続いているけれど、もういい、飽きた。それもそのはず。この手の話を聞かない日などないのだ。どこもかしこも赤葦くん赤葦くん赤葦くん。もう本当飽きた。生まれた数日後から一緒にいるのだ。しかも赤葦京治は幼稚園のころから何故か女の子にもてもてで、しかも本人があんなんだから結局最終的にわたしが迷惑を被るパターンを幾度となく経験してきた。それは嫉妬だったり羨望だったりと色々だったけれど、一番面倒くさいやつが、あれだ。


「あ、さん…!」
「…げっ」


何かを手に持ったまま進行方向から駆け寄ってくる女の子。見た目は100点。可愛い。けれど問題は、その先である。もうわたしは知っているのだ、このパターン。





「―――というわけで、はい、どうぞ」


自宅の窓から京治の部屋の電気が付いたのを確認し、京治の家に襲撃。もう家族同然で付き合っているわたしと京治がこうしてそれぞれの家を行き来することは珍しいことではない。高校生になったくらいから京治がうちに来る回数はグンと減ったけれど、ぞれでもほかの人たちに比べれば間違いなく多かった。

部活に疲れているのかいつも以上に重たそうな瞼をしている京治に向かって、今日の戦利品を投げつける。それは一枚の白い封筒。ご丁寧にオモテ面には可愛らしい字で赤葦京治様、だなんて。後ろにはハートのシール。とんでもない女子力である、本当ごちそうさまといいたい。決してわたしには出来ない代物だ。

というのも、今でこそ世話焼きキャラになっている京治だけれど小さい時は常にぼーっとしていて、しょうがなくわたしは京治の傍でずっと世話を焼いてきた。それにより、京治に負けず劣らずの世話焼き力が磨かれている一方、他の女の子達が必死こいて磨いてきたような女子力を培う暇などなかったに等しい。―――とまあ、わたしのことは一旦置いておくとして。とにもかくにも、小さい頃からわたしはただただ京治の隣にいるのが当たり前になっていた。だからこそ、今こうして女の子にきゃあきゃあ言われる男に納得がいかない。これはわたしの知っている京治なのだろうか、とこういうことがある度にそう思ってしまうのだ。


「……また、受け取ってきたの」
「まあ」
「断ればいいのに」
「受け取ったっていうか、突然駆け寄ってこられて手に握らされたらもう断れないじゃない」
「………」
「そもそも京治のせいじゃん」
「…ごめん、それもそうだな」


そう言って京治が机の上に着地した手紙を拾う。そうして、ぴりっという小さい音がして、封筒の中からピンク色の紙を取り出した。ゆっくりと手紙に目を通していく京治。これもいつものことだ。わたしが持ってきたラブレターを、何でもないような顔をして読んでいく。わたしがそんな彼をみながらどんな気分になっているかもしらないで。本当に腹の立つ男だ。

カチカチと京治の部屋の時計が時を刻む。その重圧にも似た何かに耐え切れずに、小さく口を開いた。


「受けるの?」
「何が」
「告白、されたんでしょ」
「俺、好きでもない子と付き合うつもりないから」
「そんなの付き合ってみないとわからないよ、好きになるかもしれないじゃん」
「何、はこの子と付き合って欲しいの?」
「そ、そういうわけじゃ、ただ、可愛い子だった、から」


歯切れが悪い、自分でも分かっている。彼女を作って欲しいわけではない。本当はラブレターの橋渡しだってしたくない。それでも、痛いほどに、わかるのだ。本当ならば自分で伝えたいけれど、自分の気持ちをぶつけられない、怖さ。本人を目の前にして、断られてしまったら、そう思うだけで身体は笑ってしまうほどに震えてしまう。そんなの、わたしが一番分かっている。もう何年京治に片想いし続けてきたか、きっと京治は知らないから、そんなことが言えてしまうのだ。


「そ、それじゃ、要件はそれだけ、だから!」


これ以上ここにいたらきっともっと嫌な気持ちになるに違いない。そう判断して、京治に背中を向け、扉のノブを掴む。―――けれど、扉はあかなかった。





気がつけばわたしの身体を挟むように後ろから伸びてきた右手が扉につかれていて、左手はノブを掴んでいるわたしの手の上に重ねられている。斜め上から聞こえてくる自分の名前が、まるで自分のものではないような感覚。背中が異様に熱を持っていて、振り返ることが出来ない。


「京治、わたし、帰る」
「帰さない」
「意味が、わからない、よ」
「そんな顔してる、帰せるわけない」
「そんな、顔って、」
「そんな、俺のこと、好きって顔、しないでよ」
「!!」


一気に昇る熱に、目の前がちかちかする。まるでめまいにも似たそれは、次第にわたしの身体を蝕んで、本当に気を抜けば崩れ落ちてしまいそうだ。心臓がどくんどくんと爆発してしまうんじゃないかというほどの鼓動を刻んで、むしろ身体中が心臓になってしまったような感覚。


「そんな顔されたら、俺だって、もう我慢出来ない」


京治の2本の腕が、わたしの体の前で交差して、気がつけば背中はぴったりと京治の身体にくっついてしまっている。どうしてこんなことになってしまったのか。わたしはただ、名前も知らない見ず知らずの女の子のラブレターを、京治に届けにきただけなのに。


「好きだよ、。ずっとずっと、俺のこと見ててくれたお前のことが、ずっと好きだった。俺、どれだけお前に勧められたって、おまえ以外の女の子と付き合う気、ない」


ぽろぽろと溢れる涙。返事がしたいのに、何も言葉に出来なくて、ただただ息も絶え絶えに喘ぐことしかできない。京治が後ろで困ったように笑ったのが分かる。京治はいつもそうだ。喧嘩した時、わたしが何かを言いたそうにしているとき、絶対に急かさずに、ゆっくりとわたしに時間をくれる。今だって、きっとわたしの言葉を待っているのだろう。きっと、小さい時から世話を焼いているつもりで、焼かれているのはわたしの方だった。わたしが京治の隣にいたんじゃない、京治が、わたしの隣にいてくれたのだ。


「京治、す、き、ずっと、す、き、だった、の」
「うん、気づいてた」
「知ってた、なら、…!ひっ、ひ、どい、よっ、」
「ごめん、俺のこと好きだって言えなくて困ってる顔してるが可愛くて言えなかった。しかも、が俺にほかの子のラブレターなんか持ってくるから、ちょっとイラっとして」
「!」
「でも、もう限界。可愛すぎて、俺が我慢出来ない」


なんていう性格の悪さだ、そう思うのに、可愛いと言われて苛立ちも全て吹っ飛んでしまう。くるりと身体を回転させられて、正面から抱きしめられる。耳元にちょうど京治の心臓があたって、どくどくと少し早い鼓動が気持ちいい。


「好きだよ、。俺の隣は、しか考えられない」
「ん、」
「だから、ずっと傍にいてよ」


小さく呟いた肯定の言葉に微笑んだ彼に、小さい頃の京治がかぶる。ああ、間違いない、彼はわたしの知っている京治だ。わたしの隣に、ずっとずっといてくれた、京治。


「もう、ここまで来たら一生離せないから、覚悟して」


そんな甘いセリフを恥ずかしげもなく言ってしまう京治に少しだけ笑いそうになりながら、そっと合わされた唇に瞳を閉じる。瞼の向こうで、小さい頃のわたしたちが嬉しそうに笑っているような気がした。





あいされたがり
(きっと、それはふたりとも)