今夜あなたは素敵な夜に出逢うでしょう


ずっと大好きだった影山くんと、付き合えることになった。
思い返してみれば、小学4年生の頃に親につれられてほぼ無理やり参加させられたバレーボール教室で楽しそうにボールを操る影山くんに出会ってからだから、もう5年以上も私はずっと影山くんに片想いをしていたことになる。とんでもないピュアガールだ。
嫌だ嫌だと言っていたバレーボール教室に、急に態度を変えて積極的に通うことになった私を見て、両親は「バレーボールの楽しさが分かったんだろう」なんて言っていたけれど、それは半分正解で半分間違いだった。確かにバレーボールは楽しくて、だけどそれはまるで自分の意志の通りにボールを操る影山くんがいるからこそだったのだ。そんな影山くんを見ているのが楽しかったし、好きだった。それに、休憩時間なんかに影山くんと他愛のない会話をするのも、私の中ではとっておきの時間だった。バレーボールのこと以外にも、今日の晩ごはんを予想して目をキラキラさせる影山くんが、大好きだった。とにかく週に1回、影山くんに会えるのが楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。
幸運にも同じ学区だった影山くんと私は必然的に北一に進学し、当然のようにそれぞれバレーボール部に入部した。そして、私に有無を言わさない態度で「烏野受ける」なんて言われたら、私は烏野に進学する以外選択肢が無かった。
ただ、ここまでしておきながら影山くんと私は恋人同士では無かったのだ。影山くんはバレーボールが大好きだから、私のことは5年以上一緒にバレーボールをしてきた仲間、としてしか見ていない。私はそう思い込んでいたから別に告白なんてする気も無かったし、それならそれでこれからもずっと一緒にバレーボールが出来る仲間でいればいいや、って思っていたのに、どうやらそれは早計だったらしい。
部活が終わり、家に向かう道が分かれるまで一緒に並んで帰っているとき、不意に影山くんが口を開いた。





「今日、なんか他のクラスのやつに呼び出された」

「・・・え、なに、果たし状的なやつ?影山くん、なんかケンカ売るようなことしたの?」

「違ェよボゲェ!!なんつーか、あの、アレだよ!」

「あれって何、全然分かんないんだけど」

「〜〜〜クソッ!アレっつったら、アレしかねーだろ!告白されたんだよボゲェ!!」

「・・・あ、ああ告白ね、そういうこと・・・・・・って、マジですか!?え!で、何て返事したの!?」

「あ?断ったに決まってんだろ」

「ええ〜断っちゃったの?なんで」

「何言ってんだお前、俺が浮気してもいいのか」

「はい?浮気?」

、お前頭大丈夫か?俺ら付き合ってんだろーが」

「!?!?」





いつもの帰り道に、とんでもない事実が発覚してしまった。いつの間にか影山くんと私はお付き合いしていたらしい。
影山くんいわく、「俺が『烏野行く』って言ったらも『うん、私も行く』って言ったから、てっきり」ということみたいだ。嬉しいことに違いはないけど、影山くん。それじゃあ分かりづらいよ。すごく嬉しいけど。
そしてなんだかんだとあって、結局正式に、きちんとお互いの同意のもとで影山くんとお付き合いできることになったのが今日の帰り道。それから影山くんに送られて帰宅して、お風呂に入るときもご飯を食べるときも、そわそわとして落ち着かない。それもそのはず、影山くんが「夜、電話する」なんて言うからだ。どうしよう、約束の時間はまだ先なのに、片時も携帯から目が離せない。
どうしよう、緊張しすぎて声がガラガラになったりしないかな。きちんと水分補給して、のど飴食べておこうかな。
単なる電話越しの会話だし、付き合う前にも電話したことが無いわけじゃ無い。緊張するほどのものじゃないって分かっていても、どうにもならない。だって、今日の電話は、「彼氏」との電話なのだ。声だけだって可愛くいたい。
そう思うといてもたってもいられなくなって、携帯とお財布を片手に、家から少し離れたコンビニに飲み物とのど飴を買いに行こうと家を飛び出した。











家から徒歩10分くらいの距離にあるコンビニは、仕事帰りのサラリーマンやスエット姿の大学生らしき人たちがまばらに商品を物色している程度で、とりあえずお目当ての飲み物とのど飴を購入してから、雑誌コーナーで今月のファッション誌をぱらぱらと立ち読みすることにした。
基本的には学校と家の往復だけで、制服とジャージしか着ないのだから、こんなにかわいい洋服を着る機会はめったにない。きっと、これから影山くんとデートなんてすることがあるなら、お互い部活が忙しくてきっと放課後や部活帰りに制服やジャージでデートするんだと思う。むしろその方が、私たちらしいのかも、なんて。
だけど、もし影山くんと私服でデートするなら、影山くんはどんな服装が好きなんだろう。やっぱりかわいくスカートで、ちょっとヒールのあるパンプスとか履いちゃって、それはもうとびきりおしゃれして行きたいなあ。あ、これ影山くん好きそう。なんて妄想も、正式に影山くんとお付き合いしているのだから許されるに違いない。
にやにやと妄想しながら雑誌を捲り、気付けば約束の時間まで1時間もない。今すぐ帰って手を洗ってうがいをして、いっそのこともう一回シャワーでも浴びたいくらいだけど、とりあえず影山くんとの電話に向けて準備をしなくちゃ。
慌ててコンビニを出ようとしたところで、ちょうど入ろうとしてきた人とぶつかってしまった。





「すみません、」

「いや、こちらこそすいません、って何してんだ」

「え、あ、か、影山くん!影山くんこそ何してんの」

「あ?俺はただ飲み物買いに来ただけだけど、お前は?」

「えっとー・・・飲み物、買いに」

「そうかよ。てかこんな時間に一人で歩いてきたのか」

「うん、まあ」

「送ってってやっからちょっと待ってろ」

「あ、うん。ありがと」





まさかこんなところで影山くんに会うなんて思いもしてなくて、心の準備が出来てない。制服ともジャージ姿とも違う、グレーのスウェット姿の影山くんの店内に消える背中をぼんやりと眺めながら、ああ、部屋着姿もかっこいいなあ、なんて腑抜けたことを考える。あと、とりあえず自分がTシャツスウェットとかじゃなくて、きちんと耳付きパーカーともこもこデニムのショートパンツっていう可愛げのある格好で出てきたことに感謝だ。
数分待っていると、影山くんはペットボトルのお水と小さな細長い包みが入ったビニール袋を手に出てきた。今日の部活帰りと同じように、二人で並んで夜道を歩く。





「影山くんがぐんぐんグルトじゃないの、珍しいね」

「あ?いや、これは、別に」

「なに、その歯切れ悪い感じ」

「お前には関係無ェよ!そういうこそ何買ってんだよ!」

「レモンティー、とのど飴」

「?風邪でも引いてんのか」

「・・・別に、そういうんじゃないけど、」

「何だよ、」

「・・・・・・影山くんには内緒!てか影山くんだって水以外買ってんじゃん!何買ったの!」

「お前には教えない」

「ケチ」

「おめーだよ」





そんな他愛ない、いつも通りの会話をしながら道を歩けば、あっという間に自宅までたどり着いてしまった。これから30分もすればまた影山くんの声が聴ける。そう分かっていても、なんだか離れるのは寂しい気持ちになってしまう。今までこんなこと無かったのに、影山くんの彼女になれた途端に随分と我が儘になってしまったみたいだ。
「じゃ、後でな」そう言って手を振る影山くんに、慌ててさっき買ったのど飴のパッケージを開けて、小さな包みを放り投げる。





「っ、のど飴!それ、あげる」

「!、さんきゅーな」

「・・・じゃあ、また後でね」

、ちょっと待って。俺からもこれ、やるよ」





影山くんから放り投げられたそれをキャッチすると、私が買ったのど飴とは違う、だけど銀色の紙に包まれた、同じくのど飴だった。影山くんを見たら、耳が少し赤くなっている。ああ、可愛い。そっか、私だけじゃなかったんだね。





「影山くん、ありがとう。電話、楽しみにしてるね」

「おー。ちゃんとそれ、舐めとけよ」

「うん、影山くんもね」





きっと、こののど飴のおかげで、たくさんまた影山くんとお喋り出来るね。そう思えば、今晩は今までで一番楽しくて素敵な夜になるに違いない。










主催企画「かわいくなりたい!」に提出。

material by 伝染病/はこ